SegWit採用に向けて歩む取引所:先駆者、落伍者、そして抵抗者

 最近のTaprootのリリースを機に、SegWitに関連したビットコイン改良の採用について有意義な測定方法を調査するとともに、取引所とそのSegWit採用へスポットライトを当てる。

SegWit採用に向けて歩む取引所:先駆者、落伍者、そして抵抗者

 スケーラビリティはビットコインの成功において基礎となる要素である。ネットワークのトランザクションレートが高ければ高いほど、より多くの人々がネットワークを利用でき、手数料もより安くなる。そのため、ビットコインの主要な技術上の改良における動機の多くがスケーラビリティの向上である点は驚くことではない。しかし、このようなスケーラビリティ向上の効果は、ビットコインのエコシステム内のアクターの採用によって劇的に変化する。

 本稿では、このような改善の1つであるSegWitについて調査する。この目的のため、ビットコインネットワーク上の個々のエンティティによるSegWit採用率を正確に測定する新しい方法論を提案する。この新しい方法論を用い、取引所によるSegWit採用の状況に注目したケーススタディを実施する。取引所が選ばれた理由は、単一のエンティティではオンチェーン上の足跡が不均衡であるためだ。現在、取引所は消耗された全ブロックスペースの約40%を担っている。取引所のSegWitに対するスタンスは、ビットコインのスケーラビリティに大きな影響を与えるため分析対象として価値が高い。取引所の大部分はまだSegWitを完全に採用できていないことがわかる。消耗されたビットコインブロックスペースの15%を単独で担う取引所、Binanceも含まれている。

 この記事に合わせて、我々はGlassnode Studioで以下のSegWitとトランザクション関連の指標を公開している:

 ・SegWit採用率
 ・Taproot採用率
 ・使用済みトランザクションアウトプットタイプの割合

SegWit採用率 vs. 利用率

背景

 SegWitはSegregated Witnessの略称で、2017年8月にネットワーク上で有効化されたビットコインプロトコルの拡張である。SegWitの主な論拠は、当時しばしば混雑していたビットコインネットワークのスケーラビリティを改善することだった(図1は、SegWitが有効化される前にブロックが1MBのブロックサイズ制限に絶えず衝突していた様子を示している)。この目的のために、SegWitはビットコインネットワークのトランザクションスループット(取引の処理能力)を管理する2つの重要な変数:トランザクションサイズとブロックサイズを対処している。SegWitはより小さなトランザクションを可能にし、一定量のブロックスペースにより多くのトランザクションを収めるとともに、全体的により大きなブロックを実現し、それによってブロックごとにさらに多くのトランザクションを収めることができる。

図1.ビットコインブロックサイズの変遷。Glassnode Studioでライブバージョンが利用可能。

SegWit採用率

 とは言っても、実際のスケーラビリティの向上は、SegWit採用率に大きく依存している。もし人々がシステムをアップグレードせず、SegWit以前のアウトプットタイプを廃止してより効率的なSegWitを採用しなければ、ネットワーク上のトランザクションスループットは大きく改善されないだろう。このため、ビットコインコミュニティはオンチェーンデータを使用してSegWit採用率を注意深く監視してきた。

 コミュニティが確立した採用率の測定方法は、次のようなものだ。あるトランザクションが少なくとも1つのSegWitアウトプットを費やした場合、そのトランザクションはSegWit対応ソフトウェアによって作成されたことが証明され、それによって明白な採用シグナルが提供される。SegWit採用率は、全トランザクション数に対するこのようなSegWitトランザクションの割合として表される(例えば、1日の間に全トランザクション30万件のうち20万件のSegWitトランザクションがあった場合、SegWit採用率は66%となる)。

SegWit利用率

 コミュニティベースでトランザクションレベルにおける採用率を測定するアプローチは有効だが、エンティティレベルやネットワークレベルにおけるSegWitの利用度合いを測定するには不向きである。図2はその問題を示している。

図2.SegWit利用率を過大評価したSegWit採用率の解説

 SegWit採用率の指標によると、図2の左枠のトランザクションはSegWitのインプットを使わないので非SegWitトランザクションに分類される。一方、中央と右枠のトランザクションはSegWitのインプットを使うので、SegWitトランザクションに分類される。

 つまり、SegWit採用という観点で見ると、トランザクション内のSegWit利用度合いに関する情報が失われ、中央と右の枠に表示されている取引は見分けがつかなくなる。図2に示した3つのトランザクションのみを含む理論上のブロックでは、3つのトランザクションのうち2つがSegWitを使用しているため、SegWit採用率指標による採用率は66%になる。

 SegWit採用率指標では、ネットワーク上のSegWitトランザクションのシェアが大きいとSegWitの利用率が高いと勘違いしがちだが、実際にはSegWitトランザクションで使われる入力の大半は非効率な古い型のままである可能性がある。したがって、このような誤解を避けるために、SegWit採用率指標はSegWitの利用度合いを測定するために使うべきではない。

 我々は、エンティティレベルまたはネットワークレベルでのSegWitの利用に対する有意義な測定では、トランザクションのインプットを考慮しなければならないと考えている。この目的のために、SegWit利用率と呼ばれる新しい指標を提案する。これは、消費されたSegWitアウトプットの数を、消費された全体のアウトプットの数に関連付けることによって、ビットコインネットワークにおけるSegWit利用度合いを定量化するものである。図2の3つのトランザクションを含む仮想ブロックでは、15個の使用済みアウトプットのうち6個がSegWitを使用しているため、SegWit利用率は40%になる。この数字は、SegWit採用率指標が示唆する6%の推定値よりも非常に低く、より正確である。

 実際のデータにおいて2つの指標の違いをよりよく理解するために、ビットコインネットワーク全体におけるSegWit採用率とSegWit利用率を対比した図3を見てみよう。

図3. すべてのトランザクションに適用されるSegWitの採用率と利用率の指標の比較。Glassnode Studioで利用可能なライブバージョン。

 両者は定性的には同一であるが、時として異なる指標が先行したり遅行したり、オーバーシュート、またアンダーシュートしたりする。しかしながら、利用率指標の真の価値は、単一のエンティティに適用したときに明らかになる。このため、図4ではLunoとBinanceの取引所で作られたトランザクションについて、SegWit採用率とSegWit利用率を比較している。

図4. LunoとBinanceにおけるSegWit採用率と利用率指標の比較。

 Lunoの場合、SegWit採用率指標は、2017年後半までSegWitの利用がゼロ、その後突如として全面的に採用されたという、非常に白黒はっきりした図となっている。一方、SegWit利用率においては、LunoのSegWit採用は2017年後半に始まったものの、実際には完全な採用に近づくまで何年もかけて徐々に改善したことが明らかだ。Binanceの場合、SegWit利用率の優位性はさらに明白で、2020年から2021年にかけて、SegWit採用率指標で採用は50%となっている一方(Binance取引におけるSegWit利用率は5倍過大評価されている)、SegWit利用率指標は、Binanceが作ったトランザクションによって消費されたインプットのうち、約10分の1のみが効率的なSegWit形式を使用したと主張している。

 オンチェーンデータを使用したこの二つの指標の実用的な比較は、SegWit採用率指標はネットワークレベルまたは単一のエンティティに対するSegWit使用量において有意義な推定を提供できないことを証明している。代わりに、そのような推測は新たに紹介したSegWit利用率指標に基づくべきである。以下では、まず取引所をビットコインのブロックスペースにおけるトップレベルの消費者として定め、SegWit利用率指標を適用して、取引所のSegWit採用状況について洞察を得る。

SegWitと取引所

取引所によるブロックスペース消費に関する定量的な考察

 取引所のアドレスを確実に特定するべくGlassnodeの最前線のクラスタリングを利用し、ある一日に取引所が消耗するブロックスペースを以下のように決定している:

 ・まず、その日に発生した全トランザクションのうち、取引所への入金と取引所からの出金、および取引所内部の移動にあたるトランザクション(例えば、コールドウォレットとホットウォレット間の供給の移動)を特定する。
 ・一つのトランザクションに対し複数の取引所が関与していることを考慮し(例えば、ユーザーは一つのトランザクションで複数の取引所にビットコインを入金する)、以前に特定したトランザクションの規模を適切に加重し、対応する取引所に帰属させる。
 ・最後に、各取引所が使用するブロックスペースのシェアを算出するために、各取引所の貢献度をその日使用したブロックスペースの合計で割る。

 この手法を過去のオンチェーンデータに適用すると、図5に示すように、異なる取引所によるブロックスペース利用率の経時的な変化を得ることができる。

図5. 全期間における取引所が使用するブロックスペースのシェア

 このデータから、次のようなことがわかる:

 ・取引所によるブロックスペースの使用のシェアは全般的に上昇傾向を示しており、ビットコインが金融資産として軸足を移しているという説を裏付けている。
 ・異常な価格イベントの際(2017年末のバブル崩壊や2021年初旬の強気相場など)は取引所がこの長期トレンドを破り、超える。
 ・ブロックスペースの大半は、少数の取引所によって消耗されている。

 最後の点を強調するために、図6は、過去1年間の1日の平均ブロックスペース利用率に基づいて取引所をランク付けしている。BinanceとCoinbaseは、このパレート分布の中で明らかにブロックスペースの上位消費者として頭角を表している。先月、Binance と Coinbase だけで、消耗されたブロックスペースの 25%を占めており、残りのすべての取引所は合わせても 16%に過ぎない。

図6. ブロックスペース使用量による取引所ランキング

 合計で約40%貢献していることから、取引所はビットコインのブロックスペースにおける主要な消費者であり、ブロックスペースの効率性を分析する際において価値の高いターゲットとなっている。

先駆者、落伍者、そして抵抗者

 取引所全体における実際のSegWit採用の現状を把握するため、様々な取引所で過去1カ月間で行われたトランザクションにSegWit利用率指標を適用している。図7はこの分析の結果を示しており、取引所を採用率でランク付けし、3つのカテゴリーに分類している。「先駆者」は90%以上の採用率である。「落伍者」は20~90%の採用率であり、明らかにビットコインネットワークのトランザクションスループットを改善することに対して関心がないことを示す。「抵抗者」は20%以下の採用率である。

図7.取引所のSegWit利用率ランキング

 図7を見ると、調査対象の18つの取引所のうち、SegWitを本格的に採用しているといえるのは、「先駆者」に該当する6つの取引所のみであることがわかる。以前に取引所の中で2番目のブロックスペース消費者と識別したCoinbaseがこのカテゴリーに該当することは強調したいポイントだ。もしSegWit 採用しなければ、Coinbaseのブロックスペース消費量は確実に今より多くなるはずである。

 残りの12つの取引所のうち、6つの取引所は「落伍者」カテゴリーに分類され、これらの取引所はSegWitの有効化から4年半が経過した現在もなおSegWit採用に苦戦していることを意味する。図8は、SegWit採用の進捗状況と、このカテゴリの取引所で今後予想されることをより定量的に示すために、これらの取引所におけるSegWit採用の経時的推移を示したものである。

図8.全期間における落伍者カテゴリーの取引所のSegWit採用率の変遷

 6つの取引所のうち3つの取引所については、考えさせられるデータが示されている。HitBTC、Coincheck、Bitfinexの3つの取引所では、過去1年間において中程度の採用レベルのまま、ほぼ横ばいで推移している。一方、Geminiは昨年1年間で50%から80%以上まで採用率を上げることに成功した。BitMEXも明らかに出遅れた感があるが、この1年で大きく前進している。おそらく最も重要なことは、ブロックスペース消費量トップのBinanceが、2021年末付近でようやくSegWit採用を本格的に推し進めるよう努力をしたことだ。

 残りの6つの取引所は、最後のカテゴリーである「抵抗者」に分類される。採用率7%のOKExは、少なくとも名目上でSegWit採用の試みを行ったと認定できる唯一の取引所である。残りの取引所については同じことは言えず、彼らは、より広いビットコインネットワークという利点のためにインフラをアップグレードすることに対して関心がないことが明らかだ。

結論

 ・現在、ビットコインのブロックスペースの最大の消費者は取引所である。取引所との間で行われる資金の出入を伴うトランザクションや、取引所内のトランザクションは、ビットコインのブロックスペースの約40%を占めている。
 ・全取引所の中で、BinanceとCoinbaseが圧倒的に大きなブロックスペース消費者である。Binanceのトランザクションは全ブロックスペースの約15%、Coinbaseのトランザクションは約10%を占めている。
 ・SegWit採用率という指標は、個々のエンティティやネットワーク全体のSegWit採用率を測るには不向きであり、この目的に適した指標としてSegWit利用率が導入された。
 ・新たに作成したSegWit採用率指標を用いたことで、取引所全体におけるSegWit採用の実態のスナップショットを取得できた。調査した18つの取引所のうち、6つは全面的にSegWitを採用し、もう6つはまだ採用に苦戦しており、最後の6つはSegWit採用に向けてほとんど努力していないことがわかった。
 ・ビットコインのブロックスペース消費者のトップであるBinanceは、2021年末までのSegWit採用率はわずか10%という些細な数値だった。最近では採用率が50%程度まで急増しているものの、とりわけBinanceのみで全ビットコインブロックスペースの15%程度を消費していることを考えると、この数字は不十分なように思われる。
 ・一方、使用されたブロックスペースの10%を担うCoinbaseは、既にSegWitを全面的に採用している。