マージの前:イーサリアムビーコンチェーンの分析
イーサリアムのマージを目前に控え、プルーフ・オブ・ステーク(Proof-of-Stake)コンセンサスを説明する新しい指標の一式を用いてイーサリアムを分析し、ジェネシス以来のビーコンチェーン(Beacon Chain)のパフォーマンスを評価する。
本レポートは、GlassnodeとCoinMarketCap Researchのコラボレーションにより発行され、PDF版はこちらからダウンロードできる。
イーサリアムマージは、暗号資産業界で最も印象的なエンジニアリングにおける偉業の1つであり、そのイベントは間近に迫っている。マージは長年における研究、エンジニアリング、開発の終わりを意味しており、イーサリアムのブロックチェーンがプルーフ・オブ・ワーク(Proof-of-Work)からプルーフ・オブ・ステーク(Proof-of-Stake)コンセンサスメカニズムに移行する。
このイベントは、2,000億ドルのジェット機のエンジンを交換することに相当し、そのジェット機には数千億ドル相当の金融インフラが搭載され、しかも全速力で飛行している。
マージは、全ターミナル難易度58.75e21で行われることが正式に決定しており、それは2022年9月15日と推定される。このレポートでは、マージ期日を数日後に控え、イーサリアムのプルーフ・オブ・ステークシステムを理解するための一連の新しい指標を紹介し、2020年12月1日のジェネシスブロック以降のビーコンチェーンのパフォーマンスを紹介する。
ブロックの生成と参加
ビーコンチェーンにおけるブロック生成プロセスは、同等のプルーフ・オブ・ワークチェーンと比較していくつかの追加ステップがある。PoWシステムでは、マイナーがブロック構築に責任を持ち、獲得したブロックをノードのネットワークに公開し、各ノードは含まれる取引とブロックテンプレートがコンセンサスルールを満たしていることを検証する。
イーサリアムのPoSシステムでは、ブロックの生成と検証は以下のステップを経て行われる:
・PoSブロックチェーンは、平均12秒の間隔で発生する一連のスロットから構築される。各スロットは、バリデータがブロックを構築し、提案する機会を表している。
・32個のスロット(6.4分)がエポック(Epoch)としてグループ化される。
・128人のバリデータがプロトコルによって選択され、各エポックごとに委員会を構成する。
・この委員会の中から、次のスロットにブロックを提案するバリデータがアルゴリズムによって選択される。
・委員会の残りのバリデータは、提案されたブロックと含まれるトランザクションがコンセンサスルールに則った証明(Attestations)を提供する。
・その後、バリデータ・ネットワークの3分の2がエポックを確定させる。
ビーコンチェーンのジェネシスブロックは2020年12月1日であり、この新しいネットワークは本稿執筆時点で639日(1.77年)稼動している。チェーンチップはブロック高4,557,056、エポック高142,408を突破している。
各スロットはブロックが生成される機会であると考える。ブロックの生成のために選択されたバリデータがオフラインであったり、ブロックをうまく提案できなかったりした場合、そのスロットは「ミス」(Missed)とみなされる。これまでのところ、合計41,389個のスロットが「ミス」となっており、これはこれまでの全スロットのわずか0.908%に過ぎない。
その他に、ブロックが証明検証者に拒否されたり、自然にフォークが発生したりする場合もある。これらのブロックは「オーファン」(orphans)と呼ばれ、ネットワークの大部分によって追跡されなかったブロック履歴の別バージョンを表している。ビーコンチェーンでは、これまでにわずか5,017個のオーファンブロックが生成されており、スロットのわずか0.110%を占めているに過ぎない。
ブロックチェーンは高い信頼性を維持することが望ましいが、これはバリデータノードの稼働率が高い結果であり、ミスブロックを非常に少なくすることにつながる。参加率とは、ブロックの生成に成功した数(つまりミスしなかった数)と、利用可能なスロットの合計との比率である。
下の青色の曲線は、各エポックについて測定された参加率を示しており、一般に96%より高いことがわかる。赤色の曲線は1日平均の参加率を示しており、特に2021年11月の市場価格ATH以降、一貫して99%以上の参加率を記録している。これは、これまでのところ、ビーコンチェーン上のバリデータは一貫してオンラインであり、スロットが割り当てられたときにブロックを生成していることを示している。
また、生成されたブロックに承認するバリデータ委員会による証明投票の総数も測定できる。各証明は事実上、ブロックチェーンのチップにある最終的に提案されたブロックを含めるための「YES」投票である。
平均スロット間隔が12秒で、認証するバリデータが127人であることから、1日の証明件数は783k~914k件と安定していることが予想される。実際、2021年8月以降、1日の総証明数はこの範囲内で安定しており、1日あたり約80万件の証明投票を獲得している。
マイナーに代わるバリデータ
イーサリアムPoSコンセンサスシステムでは、マイナーはバリデータに置き換えられ、プロトコルのコンセンサスに参加するためには、32ETHのステークを預ける必要がある。イーサリアムビーコンチェーンのデポジットコントラクトは2020年11月初旬に開始され、早期参加者はETHをデポジットしてビーコンチェーンの活性化に貢献できるようになった。
ビーコンチェーンのロードマップの最初の段階はフェーズ0で、ジェネシスブロックが生成される前に、デポジットコントラクトにおいて524,288ETHの最低基準値が要求された。デポジットは一方通行であり、上海アップグレードまでデポジットコントラクトからETHを引き出すことはできず、現在はマージから6~18カ月後に準備が整うと予想されていることに留意することが重要である。
当初はデポジットに時間がかかったものの、2020年11月24日にフェーズ0の閾値に達し、ジェニシス予定日の一週間前にコミュニティの信頼が急速に高まった。
この639日間で開発が進み、ステーキングインフラが増加し、コミュニティの自信が高まるにつれ、ビーコンチェーンコントラクトにはETH預入金が流入し続けた。ジェネシスブロック以来、1日あたり約200~250件の安定したベースラインが観察されている。
平均より高い預入金流入が顕著な期間が4回あり、3回は2020-21年の強気相場、直近は2022年2-5月である。トークン価格と信頼性に対し市場全体にマイナスの影響を与えたLUNA-USTプロジェクトの崩壊後、預入金は減速している。
合計で、投資家はバリデータとして必要な32ETHの入金を418,527回以上完了している。これはコンセンサスレベルのバリデータの数を反映しているが、バリデータノードの運営者は、同時に複数のバリデータを保管、運営、維持できるため、この指標はユニークなバリデータの数を測定していないことに注意してください。
LidoやRocketpoolのような流動的なステーキングデリバティブのオペレーター、Coinbase、Binance、Krakenのような中央集権型取引所、そして個人のソロステーカーでさえ、一度に複数のバリデータを運用することが可能である。
ビーコンチェーンにステークされたETHの総量は、現在13.409M ETHを超え、流通供給量の11.22%に相当している。現在、ビーコンチェーンのデポジットコントラクトは、イーサリアムネットワーク上で最大の供給の一つとなっている。ビーコンチェーンの総ステーク量は、供給量の27.0%を保有するすべてのスマートコントラクトのETH、および供給量の16.8%を保有する中央集権型取引所と比較できる。
このように大量のETHがビーコンチェーンにデポジットされたことは、イーサリアムのコミュニティと投資家によるマージの成功に対する信頼の表れと言える。
ステーキングプール、取引所オペレーター、その他の不明または単独のステーカーが保有する残高をよりよく分類するために、ステーキング資本における様々なプールを分解する:
・Lido(赤色)はステーキングネットワークで最大の事業者であり、4.164M ETHを超えるバリデータを運営しており、バリデータプールの31.1%を占めている。
・上位3つの取引所(オレンジ色)にはCoinbase、Kraken、Binanceが含まれ、これらの取引所は合計で3.565M ETHのステークを持っており、バリデータプールの26.6%を占める。
・その他のステークプロバイダー(紫色)は、さらに1.269M ETHとバリデータプールの9.5%を占めている。これらの前述のステーキングプールオペレーターをすべて合わせると、8.998M ETHのステークを表し、バリデータプールの67.1%を管理している。
・不明と単独のステーカー(緑色)は残りの4.411M ETHを保有し、バリデータプールの3分の1弱(32.9%)を占めている。
下図は、この内訳を相対的に示したもので、ステーキングプロバイダーがバリデータプールにおいてすぐに大きなシェアを占めるようになり、Lidoが最も顕著な伸びを見せていることがわかる。これは、以下のような複合的な要因の結果であると思われる:
・単独のステーキングバリデーターを運営するために必要な技術に対する費用
・利便性とプロ向けのステーキングサービスへのリスクの委任
・ステークに必要な32ETHの条件を満たせない投資家を抱える。
・トークン化し、取引する能力、またはLido、Rocketpool、そして最近ではCoinbaseのcbETHのサービスなどのようなステーキングデリバティブをDeFiで担保として使用できる。
興味深いことに、「不明と単独のステーカー」コホート(緑色)は、LUNA-USTの崩壊を受け、その支配力をわずかに高めている。ステーキングプロバイダーの支配率は69.5%でピークに達し、その後67.2%に減少している。
ビーコンチェーンのデポジットコントラクトは現時点では一方通行だが、バリデータは2つの仕組みによってステーキングプールからETHを解除することができる。
1、自主的な退出(青色):バリデータはコンセンサスへの参加をやめることを選択し、退出キューに入る。これらのバリデータはブロックの提案や認証をしなくなるが、ETHステークはまだ引き出せない。
2、悪意のある行為に対するスラッシング:無効なブロックの提案や認証、コンセンサスのないチェーン分岐などの悪質な行為があった場合、プロトコルはバリデータをプールから強制的に退出させる。
現在までのところ、たった67人のバリデータが自発的にプールから退出し、167件のスラッシング事象が発生だけである。これらが開発過程における技術テストのケースなのか、それとも本当に悪意のある出来事なのかを評価するためにはさらなる調査が必要である。
バリデータのパフォーマンスと収益
バリデータは、最初に32ETHのステークを入金してバリデータを開始する必要があり、残高が16ETHを下回るとプロトコルから排除される(非アクティブリークやスラッシング(slashing)の場合)。バリデータがプロトコルに入ると、彼らのETH総残高は様々な要因で変化し始める:
・発行と手数料から得られる収入(残高増加)
・バリデータがブロックや証明を頻繁に欠落させた場合の非アクティブリーク(残高減少)
・悪意のある行為があった場合のスラッシング(残高減少)。
また、有効残高(Effective Balance)という概念があり、上昇時には32ETHを上限とし、それ以下は1ETH刻みで減少する(最小バッファは0.25ETH)。例えば:
・仮にステーカーが32 ETHを持っていて、報酬で0.5 ETHを獲得した場合、合計残高(赤色)は32.5 ETHだが、有効残高(緑色)はまだ32 ETHである。
・仮にステーカーが32ETHを持っていて、0.5ETHの非アクティブペナルティが課された場合、合計残高(赤色)は現在31.5ETHだが、有効残高(緑色)は31ETHに切り下げられる。
・合計残高が31.250ETHの場合、有効残高は31ETHとなる。
・合計残高が31.249ETHの場合、有効残高は30ETHとなる。
下図は、PoSコンセンサスに積極的に参加している有効残高の合計(緑色)を示している。残りの合計残高(赤色)は、基本的に余剰のETHで、非アクティブなステークのバッファーと考える。現時点では、有効残高の合計は13.357M ETHで、約745k ETHが非アクティブである(全体の5.29%)。
そこで、この残高を有効残高と総ステークETHの比率で捉える「ステーク有効率」(Stake Effectiveness)という新しい指標を計算できる。現在、ステークされたETHの5.29%が非アクティブであるため、ステーク有効率はジェネシス時の100%から、現時点では94.7%に低下している。これは、バリデータが獲得した収益により、バリデータの平均残高が32ETHを超えたことが主な原因である。
また、これまでのバリデータプールの総収益を調査する。イーサリアムのPoSコンセンサスでは、発行率はステークしたETHの量に依存する部分があり、より多くの人がステークすればするほど、バリデータごとの報酬は低くなる。
このことは、年率平均のETH収益が、ジェネシス時の3.65ETH/年から、今日1.42ETH/年に減少していることからもわかる。デポジットコントラクトが基本的に一方通行であること(そしてバリデータがほとんどプールから離脱していないこと)を考慮すると、この報酬の希薄化は、ほぼ完全に過去18ヶ月の間にステークされたETHの量が増加した結果であると言えるだろう。
32ETHの預り金に対する年率換算のETH建ての利回りはそれに応じて低下し、ジェネシス時の15%以上から、今日ではわずか4.44%に低下している。マージ後、投資家はアップグレードの成功に安心感を覚え、追加でデポジットすることによりこの利回りはさらに低下すると思われる。
PoSビーコンチェーンと既存のPoWのイーサリアムチェーンの両方が稼働しているため、ETHの総発行量は現在2つのソースを持っている。ビーコンチェーンのジェネシスブロック以来、PoSチェーンでは合計747k ETHが発行され、PoWチェーンでは8.54M ETHが発行されている。これは、約8%のPoSと92%のPoWという発行比率に相当する。
これは、PoSチェーンがPoWチェーンに比べ、現在いかに発行量が少ないかを示している。
また、ビーコンチェーン預り金の実現価格と、ステーキング報酬が平均コストベースを下げるために与えた影響も評価する。実現価格は、デポジットされたETHにその時点のスポット価格を掛け、ステークされたETH全体の平均を計算することで算出される。これにより、バリデータプールの「平均デポジット価格」の推定値が得られる。
・市場全体(紫色)のイーサリアム実現価格は1,650ドルで、流通しているETHの供給が最後に取引された平均価格を反映している。
・ビーコンチェーンの全預り金に対する実現価格(赤色)は2,470ドルで、市場の平均より50%高い。これは、ステークしたコインが平均的なETH投資家よりも33%大きい未実現損失を抱えていることを意味する。
・ステーキング報酬(青点線)を含むビーコンチェーンの実現価格は2390ドルで、これはステーカーのコストベースに対する平均3.2%の利益となるが、平均的な市場参加者を大きく上回っていることに変わらない。
これは、ステーカーがETH建ての利回りを平均3.2%追加で得ているにもかかわらず、2022年の弱気相場の結果、平均的な預り金は預ける時の価格と比較して大幅に下落していることを実証している。これはまた、Lidoのような流動的なステーキングデリバティブがステーキング市場で大きなシェアを獲得した理由も浮き彫りにしている。
PoWチェーンの発行量はブロックあたり約2ETH(さらに約0.05~0.10ETHの報酬増加)で比較的安定しているが、PoSチェーンの発行量はバリデータプール入りに伴い着実に増加している。1日のPoS発行総量は約340ETH/日から、現在は1,623ETH/日まで増加している。
1日のETH発行量をPoSとPoWで比率すると、ビーコンチェーンに起因するETH発行量の比率が着実に上昇していることが分かる。PoSチェーンは、ジェネシス時に2.8%だったETHの純発行量を、現在では12.4%超まで実質的に増加させている。
最後に、PoS発行の減少とEIP1559燃焼メカニズムの組み合わせによって、実質ETH供給への推定されるインパクトはどのようなものか、というマージ後の最大の疑問の1つを解決するために、私たちは模索する。下図は、2021年8月にEIP1559が稼働して以来、毎日のETH発行量の2つの曲線を示している:
・現状(オレンジ色):PoWとPoSの両方のチェーンでETH発行が発生しており、PoW側でEIP1559燃焼が有効になっている状態である。ETHの供給量は、数日を除けば、7月以降、1日あたり約11.8k~14.3kETHの発行量で推移しており、実質インフレ状態となっている。
・シミュレーション状況(青色):PoSビーコンチェーンだけがアクティブであり、EIP1559がPoSチェーン上でライブの状態である。これは、もしマージがEIP1559と一緒に稼働されていたら市場がどうなっていたかをシミュレートしたもので、2022年7月後半までは明らかな実質デフレ体制であり、発行量は+500~+1,000ETH/日程度に安定することがわかる。
現在、オンチェーン需要、ひいてはガス価格が非常に軟調であることを考えると、ガス手数料の圧力に何らかの意味があれば、ETHは実質デフレの供給資産となることが合理的に予想されることが浮き彫りになった。
サマリーと結論
イーサリアムマージが間近に迫っており、これは長年の努力と目覚ましい技術・研究の努力の集大成である。すべてのイーサリアムのテストネットがここ数カ月でマージに成功し、メインネットのマージが正式に予定され、2022年9月15日と推測されている。
このレポートでは、イーサリアムの新しいPoSコンセンサスメカニズムの基本的な仕組みと、ビーコンチェーンのネットワーク性能を調査する方法について検討した。現在までのビーコンチェーンのパフォーマンスを評価し、バリデータのデポジット、収益、ETHの純供給ダイナミクスへの影響の可能性を調査した。
現在、流通するETHの11.2%以上がPoSコンセンサスに参加しており、これはイーサリアムコミュニティによる大きな信任票を意味する。我々はメインネットマージが成功し、新しく魅力的なPoSコンセンサスメカニズムを将来にわたって分析することを期待している。